熊本地方裁判所 平成3年(行ウ)4号 判決 1991年4月08日
原告
中島真一郎
同
鈴木明郎
同
長尾秀美
同
成毛佳季
同
古沢十一
同
杉浦宏
同
渡辺美由紀
同
原田敏幸
被告
熊本県知事
福島譲二
右訴訟代理人弁護士
舞田邦彦
右指定代理人
古田勝人
外三名
主文
一 被告が平成三年二月八日原告中島真一郎の同月六日付熊本県立劇場大会議室使用許可申請についてした使用不許可処分を取消す。
二 原告鈴木明郎、同長尾秀美、同成毛佳季、同古沢十一、同杉浦宏、同渡辺美由紀及び同原田敏幸の訴えをいずれも却下する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告鈴木明郎、同長尾秀美、同成毛佳季、同古沢十一、同杉浦宏、同渡辺美由紀及び同原田敏幸の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実
第一 請求の趣旨
一 原告らの申請に係る一九九一年三月二三日実施の県立劇場大会議室使用のシンポジウム(人権尊重を求める市民シンポジウム)について、被告が同年二月八日付でなした使用不許可処分はこれを取消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
第二 本案前の答弁
一 訴えの利益の欠缺
熊本県立劇場の利用は、許可制で、使用許可があって初めてこれの具体的な使用が認めれる場合であるから、仮に本件不許可処分を取消してみても、元の使用許可申請がなされたにすぎない状態が現出されるに止まり、被告に対し県立劇場の使用許可を命じ、あるいは本件使用申請に対する再度の処分を義務付け、あるいは被告が使用許可をなしたと同一の法的状態を作出させるものではない。そうすると、本件請求によっては、その直接の効果として原告らの権利保全が図られ、これにより損害の発生ないし拡大が防止されることにはならないから、原告らの本件請求は訴えの利益を欠き、不適法である。
二 審査請求不経由
原告らは、熊本県立劇場の利用に関する被告の処分について取消しを求めているが、地方自治法二四四条の四及び同法二五六条の規定によれば、自治大臣に対する審査請求を行い、これに対する決定を経た後でなければ訴えを提起することができない。ところが、原告らは右審査請求をしていないから本訴提起は不適法である。
第三 本案前の答弁に対する原告らの反論
一 被告は、原告らの本訴提起は訴えの利益を欠き不適法である旨主張するが、行政事件訴訟法三三条二項により、本件不許可処分が判決により取消されたときには、被告は判決の趣旨に従い改めて本件申請に対する処分をしなければならないのであるから、原告らの本件請求には訴えの利益があるのであって、本訴提起は適法である。
二 熊本市内においては二〇〇名以上の規模の集会施設はその数が限られており、土、日曜日の会場確保は最低二、三ケ月前からでないと不可能な状態であるところ、シンポジウム開催予定日からわずか四三日前になされた本件不許可処分は、シンポジウム開催を不可能に追い込む著しい損害を与えるおそれが十分にあるのであって、行政事件訴訟法八条に規定する緊急の必要ある場合あるいは正当な理由がある場合に該当する。
第四 本案に対する答弁
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
第五 請求原因
一 原告らは、「人権尊重を求める市民の声明」の賛同者で構成する「人権尊重を求める市民の会」(以下、市民の会という。)の代表メンバーである。
二 原告中島真一郎(以下、原告中島という。)は、平成三年二月六日、被告に対し、次のとおり熊本県立劇場(以下、県立劇場という。)の使用許可を申請した(以下、本件申請という。)。
1 行事の名称 人権尊重を求める市民シンポジウム
2 使用日時 平成三年三月二三日(土)
午後一時から九時まで
3 行事の内容 シンポジウム
4 入場予定人員 二〇〇名
5 使用施設 大会議室
三 被告は、同年二月八日、本件申請に対し、使用不許可処分(以下、本件処分という。)をなした。
四 本件処分の違憲・違法性
1 本件処分の違憲性
憲法は、表現行為に対する事前抑制を原則的に禁止し、検閲を絶対的に禁止しているところ、本件処分は、熊本県立劇場条例施行規則(以下、施行規則という。)四条三号を根拠としてなされたものであるが、同条は事前に使用不許可できる旨を規定しており、これを根拠としてなされた本件処分は事前抑制の原則的禁止の法理(憲法二一条二項)に違反する無効なものである。
更に、施行規則中にある不許可基準「1県立劇場における秩序または風紀を乱すおそれがあるとき、3その他使用をさせることが県立劇場の管理上支障があるとき」は漫然とした抽象的規定であり、違憲の疑いがある。
したがって、本件処分は違憲である。
2 本件処分の違法性
県立劇場の使用許可権限が被告にあるとしても、その許可権の行使は被告の自由裁量ではなく、憲法二一条並びに地方自治法二四四条二項及び三項の規定からして羈束裁量と解さなければならないのであって、施行規則四条三号により被告が使用申請を不許可にできる場合は、使用目的が施設の設置目的に反する場合、使用方法自体が器物を損傷し、あるいは騒音を発し、あるいは独占的使用が長期に及び外の使用を妨げるなど、具体的な管理上の支障が明白に生じる危険のある場合に限定されなければならない。
ところが、本件処分は、主催団体である市民の会の引き起こす混乱ではなく、外部団体たる右翼団体や波野村を守る会からの事前の脅迫的言動を根拠に、これらの外部団体が当日引き起こすと予想される混乱を理由として「管理上支障があるとき」に該当するとしてなされたものである。
しかしながら、本件シンポジウムは市民の会として初めての企画であり、管理上の支障をきたすほどの重大な混乱を起こしたこともなく、起こすとも考えられない。
仮に、右翼団体や波野村を守る会のシンポジウムに反対する言動が事実であったとしても、被告は、予想される混乱を回避するためこれらの団体に適切な指導を事前に行うか、当日「管理上の支障をもたらす」と認められる者の入場を拒み、または退場を命じるなり、あるいは警察に警備を要請するなどの方策をとればよいのである。
したがって、本件の場合には、いまだ具体的な管理上の支障が明白に生じる危険のある場合に至っておらず、これを理由とした本件処分は違法である。
よって、本件処分は無効であるから、本件処分の取消を求める。
第六 請求原因に対する認否及び被告の主張
一 請求原因に対する認否
1 請求原因一の事実は知らない。
2 請求原因二及び三の各事実は認める。
3 請求原因四はいずれも否認する。
二 被告の主張
1 県立劇場は、熊本県が設置・管理運営する施設で、コンサートホール・演劇ホール・大会議室・中会議室・和室・音楽リハーサル室・レストラン・売店など多目的に県民が利用する設備を有する複合施設である。
2 この利用に関しては、被告の許可制とし、その条例の施行に関する必要事項は被告が定めることとし、この授権に基づき、被告は施行規則を定め、その施行規則中に、次のとおり不許可基準を定めている。
(一) 県立劇場における秩序または風紀を乱すおそれがあるとき。
(二) 施設及び設備を棄損し、または滅失するおそれがあるとき。
(三) その他使用させることが県立劇場の管理上支障があるとき。
右は県立劇場の利用に関し、これを拒むことができる正当な理由を具体化し、制限列挙したものであって、極めて合理的であり、地方自治法二四四条二項、三項、更には、憲法二一条に違反するものではない。
3 不許可基準該当判断の妥当性
(一) 本件申請は、人権尊重を求める市民シンポジウム開催が目的であること、劇場大会議室の使用を求めていること、原告らから聞き取った事実、提出された諸書面の記載内容及び最近の新聞報道などから、このシンポジウムは、オウム真理教団が波野村に道場を建設し、教徒が移住していることに関連して、地元自治体、地元住民、熊本県、検察庁、熊本県警、いわゆる右翼団体などとの間の確執を人権問題として捉えて開催されるものであること、参加者は、前もって特定されているものではなく、一般の市民に参加を呼び掛け、その参加を求めるもので、どのような人々が入館するか予測できないことが確認された。
(二) 原告らとの交渉の過程の二月一日、原告らが報道機関を伴い来館し、翌日、関連する報道がなされ、四日には、熊本日日新聞に、原告中島の投稿にかかる「人権は何人にも保障を」と題する記事が掲載されたことに触発されたのか、四日、日本敬神党などの団体が大型車四台、普通車四台で劇場前及び劇場構内で拡声器による演説をするにいたり、五日には、「日本敬神党」「愛国大日本鉄心会」「日本革新党」などの各代表らが劇場職員に面会を求め、これに応じた職員に対し、「若し許可されるようなことがあれば、九州六〇団体及び全国の同志に働き掛けて、二〇〇台以上の車を県立劇場へ集合させる。」等の言動があった。更には、同日、波野村民を名乗る者からも集会には反対であることの電話による連絡があったりした。後日、「波野村を守る会」から「貴劇場内での混乱も予想されます……云々」の記載のある文書が送られてきた。
これらは、いずれも、原告らの集会に反対する団体、個人が来館して反対行動が行われ、館内の平穏が害される具体的おそれがあると判断するに十分である。
(三) 本件処分をした二月八日の時点では、原告らが申し込んだ三月二三日には、既に他の団体からの申込により演劇ホールは時局講演会のため使用許可済となっており、更に他の演劇リハーサル室、第一練習室、第二練習室、第三練習室なども、同様に予約済となっていた。
(四) このような状況の下に、被告は、当日は不特定のものの立入りを許す集会であるとして、原告らの集会や前記時局講演会への参加名下に集会妨害をもくろむ者の参加を阻止する手立てがなく、原告らの本件集会のみならず、前記時局講演会、演劇リハーサル等の平穏な実施に与える危険が無視できないと判断し、前記2の三の事由に該当するとして本件処分をなしたものである。
第七 証拠<省略>
理由
第一本件訴えの適法性
一原告らの原告適格について
取消訴訟において原告適格が認められるためには、処分の取消を求めるについて法律上の利益を有することが必要であるところ、本件の場合、実際に被告に対して本件申請をなしたのは市民の会ではなく、原告中島であるから、本件処分も原告中島に対してなされたものと解する他ないのであって、原告らのうち原告中島を除いた七名については、本件処分が取り消された場合にその反射的利益として県立劇場を使用することができるに過ぎないものであり、本件処分の取消を求める法律上の利益がなく、原告適格を欠くといわなければならない。
二訴えの利益について
被告は、原告らには訴えの利益がない旨主張するが、原告ら主張のとおり行政事件訴訟法三三条二項の規定の趣旨に照らせば、原告中島について訴えの利益が欠けるということはできない。
三審査請求不経由の点について
原告中島が本訴を提起するに先立って地方自治法二四四条の四に規定する自治大臣に対する審査請求を経由していないことは当事者間に争いがない。
しかし、本訴は本年三月二三日の使用許可に関するものであり、審査請求を経た場合に相当の日時を要する結果、右期日を徒過するおそれは多分に認められるので、本訴提起は本件処分により生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要あるときに該当するというべきである。
四以上より、本件訴えは、原告中島についてのみ適法であるので、以下、原告中島について、本件請求が理由があるか検討する。
第二本件請求について
一請求原因二及び三の各事実については、当事者間に争いがない。
二本件処分の適法性
1 憲法二一条は、集会の自由を保障しているが、集会の自由は民主主義を維持していく上で極めて重要な人権であり、県立劇場のような公共施設の利用については、その管理目的からくる規制は認められるものの、その規制は、集会の自由を不当に侵害しないようになされなければならない。この憲法の趣旨を受けて、地方自治法二四四条は、「公の施設」について、「正当な理由がない限り」住民に利用を拒否してはならない旨規定している。
2 施行規則四条は、右地方自治法の規定を受けて、被告が不許可処分をなしうる場合を定めている。
本件の場合、被告は、原告中島からの本件申請に対し、右規則四条三号の「その他使用させることが県立劇場の管理上支障があるとき」に該当するとして、本件処分をなしたのであるが、集会の自由の重要性及び右地方自治法の規定の仕方からして、本件処分時において、施行規則四条三号に該当する事由が存在したことの主張立証責任は被告が負担するというべきである。
3 ところで、本件の場合には、施行規則四条三号に該当する事由を認めるに足りる証拠はない。
第三結論
以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、原告中島の本訴請求は理由があるからこれを認容し、原告鈴木明郎、同長尾秀美、同成毛佳季、同古沢十一、同杉浦宏、同渡辺美由紀及び同原田敏幸の各本訴は原告適格を欠くからこれを不適法として却下し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官足立昭二 裁判官大原英雄 裁判官横溝邦彦)